クロムハーツ

クロムハーツとは、シルバーアクセサリーのブランド

1960年5月19日、ニューヨーク州ユーティカで生まれたリチャード・スタークは、最初は大工の見習いとして建築会社で修行していた。会社は建築だけでなく皮革製品輸入業者も行っており、スタークは身近に商品に接している内に大工をあきらめ皮革製品のセールスに転進する事を決意した。

元々バイクが趣味であった事もあり、愛車でもあったハーレーダビットソンで全米をセールスで巡回している間に、同じ皮革製品のセールスだったジョン・バウマンと知り合いバイク用皮革ファッションの共同ビジネスが始まった。2人はビジネスの傍ら、既存のバイク用ファッションにあきたらず、自分で身に付けたいファッションを求める様になり、彫銀職人であったレナード・カムホートを引き込みバイク用皮革ファッションのビジネスを始めた。 現在のクロムハーツの主力商品であるシルバーアクセサリーは元々バイク用皮革製品のボタンやファスナー等であったが、デザインの斬新さが特に広告戦略をせずとも口コミで全米のバイク愛好家の間で評判になり、単独商品として販売される様になった。現在はボタン・ファスナーだけでなくペンダントや指輪・ブレスレット・ネックレス・子供用製品など多種多様な商品が販売され、手作り加工で商品数が少ない上に市場人気が高い事もあり入手しにくいファッションブランドの一つとして上げられる様になった。

発祥の地であるアメリカではハリウッドの映画スターが愛用している事から人気になり、日本でも有名芸能人・タレントが愛用している事から人気に拍車がかかる状況となっている。 日本国内における正規販売店はクロムハーツ東京・原宿・大阪の各店舗、全国ユナイテッドアローズ系列各店、岩手県盛岡市のインテレクチュアルギャラリーのみである。

カルティエ

カルティエ(Cartier SA)は、フランスのジュエリー・高級時計ブランド。 「宝石商の王であるがゆえに王の宝石商」と言われるフランスの名門ブランド。

1874年、フランス人宝石細工師のルイ・フランソワ・カルティエがパリに開いたアトリエが始まり。1900年代に入って、彼の3人の孫達によって世界的なブランドとなった。 孫の一人ピエールはニューヨークへ進出、もう一人のジャックはロンドン、最後のルイはパリに店を構えた。特に3代目当主となったルイはアール・デコ様式のジュエリーやファッション性の高い時計を作り上げ、カルティエの名声を高めた。 また、アルベルト・サントス・デュモンから飛行中でも操縦桿から手を放さないですむようにと依頼されてルイが作った腕時計は「サントス」という名前で現在でも人気が高い。

1904年にはイギリス王室御用達に指定された。 現在、ピアジェなどとともに、スイスのコングロマリット、リシュモン(Richemont、Compagnie Financie`re Richemont SA)グループの傘下にある。

パリ開放を記念して販売されたタンクウォッチ(四角い形状で秒針なし)は高級腕時計の定番として知られる。 近年まで日本では、カルティエと言えば革製品やライターのブランドと思われてきた部分があった。 これは、日本代理店となった商社が、高額商品である宝石や時計ではなく、比較的販売しやすい価格帯の革製品やライターをメイン商材として松坂屋名古屋店に売り場を開設したためである。また、2007年ミャンマー反政府デモの弾圧に対する抗議で、ミャンマーの宝石原石取引を停止した。

グッチ

グッチ(GUCCI)とは、世界的に有名なイタリアのファッションブランドである。 衣服は勿論、バッグ・財布・靴・香水・時計など幅広く手がけている。 また、会社組織としてのグッチ・グループを指すこともある。グッチの腕時計

グッチ・グループは、フランスを本拠地とする流通会社PPR(元Pinault-Printemps-Redoute)の傘下である。グッチ・グループには、グッチ以外にも、イヴ・サンローラン、ブシュロン、セルジオ・ロッシなどのブランドがある。

1881年グッチオ・グッチが生まれる。 父親のガブリエロ・グッチはフィレンツェで麦藁帽子の製造を行う「ガブリエロ」という零細帽子製造会社の社長であったが、会社経営にはあまり熱心ではなく、仕事は主に共同経営者のサンティーノに任せていた。 その為、サンティーノが1908年に死去するとたちまち会社は窮地に陥ってしまった。 しかし、それよりも10年ほど前にグッチオ少年はイギリス・ロンドンで一旗揚げようと決心し、蒸気船の期間助手として働きながらロンドンに辿りつく。 ロンドンでは最下級の労働者としてではあったが、、最高級ホテルの「サボイ・ホテル」に職を得る。 やがて、グッチオはサボイ・ホテルの皿洗いから一階のウェイターに出世する。 それでも低賃金ではあったが、王侯貴族御用達ホテルであったのでチップには不自由しなかった。 更に、王侯貴族の立ち居振る舞いを間近で見る事で、持ち物や物の考え方などを学ぶ事が出来たのはチップ以上の価値があった事であろう。 その事からグッチオが学んだ事は、「原価は何も意味を持たない。むしろ商品の値段が高ければ高いほどそれを所有する事の価値も高くなる」と言う事である。 それらは後のブランドビジネスに大いに活かされる事となる。 それら多くの事を学び、グッチオ・グッチがフィレンツェに帰るのは1901年の事である。 帰国後はいくつかの商店で働き、第一次世界大戦の始まりとともに徴兵される。 大戦後の19年に故郷に戻り、高級レザーグッズの店である「フランツィ」に職を得て皮革の扱い方を習得する。 そして、22年にフィレンツェのパリネオ通りに自分の店を開き、23年に「GUCCI」の店名を掲げる。 グッチが主に扱ったのはイギリスから輸入した鞄とその修理である。 この鞄の修理によって壊れやすい箇所やそこをどう作れば良いかなどの旅行鞄の作り方を研究することができ、使いやすく丈夫な鞄を作る術を学ぶ事ができた。 やがて、第二次世界大戦が始まるとイタリアでも皮革は統制品となり革が使えなくなってしまったが、代用品としてキャンバス地にコーティングを施して使う事になる。 その配色が思わぬ人気を博したのは幸運であった事であろう。 グッチがアメリカ・ニューヨークに支店を出したのは1953年の事で、父親のグッチオの反対を押し切る形で息子のアルド・グッチが開いたものだった。 同年夏グッチオ・グッチ死去。享年72歳。 彼には非常に多くに逸話が残されているが、有名なものに イタリア訪問中のエリザベス2世が同店を訪問した時 女王付の侍従が彼に 「何か陛下にプレゼントを」と進言(というか催促)し、鞄を彼が女王に進呈した 女王一行が去った後報道陣がまだ居るにもかかわらず「金も払わん乞食はもう来るな」と発言をした、と言うものがある。 このようにエキセントリックな言動が目立つが職人からは信頼されてたし、彼も職人を愛していた。その証拠にグッチ社には他の高級ブランドとは異なり、材料費さえ払えば職人が妻や娘、恋人に鞄を作っても良い、と言う日があった。(現在は消滅している)これは、同社の製品が職人の家族にとって中々手の届きにくいものであった事からグッチオが自発的に考え付いた職人の家族へのサービスである。

ルイヴィトン

ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)はフランスのかばん職人ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton、1821年8月4日 - 1892年2月28日)が創始したブランド。LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)グループの中核ブランドである。

ルイ・ヴィトンが評価されるようになったのは、創始者であるルイ・ヴィトンが亡くなった後のことである。ヴィトンは、まず「グリ・トリアノン・キャンバスGris Trianon」というトランク工場として創始された。このトランクは、灰色のキャンバス地で覆われており、とても軽量なものであった。1854年、彼はエミリー(Emilie Clemence Pariaux)と結婚、3年後の1857年には息子のジョルジェ・ヴィトン(Georges Vuitton)が生まれた。 1859年、アニエールに最初のアトリエを構える。 1860年、ヴィトンは需要に押されて規模を拡大した。1867年、ルイ・ヴィトンは世界博覧会で銅メダルを獲得。これにより、世界的な評判を得、1869年にはエジプト総督のイスマーイール・パシャが、1877年にはロシアのニコライ皇太子(後のニコライ2世)がそれぞれ、1セットのトランクを発注した。また、当時の世界的に力を持っていたスペイン国王アルフォンソ12世からも、トランクの注文を受けた。

トランクの上から、布地を貼るというヴィトンの技法は賢明であったが、容易にコピー商品が出回ることとなり、1872年、ヴィトンは別の布地を使うようになった。この布地は、「Striped Camvas」として知られているベージュと赤の2色で色づけされた布地である。しかし、この布もすぐにコピー商品が出回ることとなった。

だが、コピー商品に押されることなく、彼のビジネスは成功を収めた。また、私生活の方も衰えることはなく、1880年には息子のジョルジェ・ヴィトンがジョセフィーヌ(Josephine Patrelle)と結婚。入籍当日に、彼は息子にスクリーブ通りの店を任せた。その3年後、ジョルジェにも子供が産まれ、ルイ・ヴィトンは祖父となった。

1885年、ルイ・ヴィトンはロンドンに進出。1888年、息子ジョルジェが、ベージュと茶褐色のチェス盤に、ルイ・ヴィトンの銘が入った「ダミエ・ライン」と呼ばれるデザインを考案。1889年のパリ世界博覧会で、ルイ・ヴィトン社に金賞をもたらした。しかし、商標登録もされていたにも拘らず、またコピー商品が出回ることとなった。 1890年、5枚羽の錠前を開発。

1892年、ルイ・ヴィトン社はハンドバッグの販売を開始、トランクやハンドバッグなどが掲載された最初のカタログもリリースされた。その年の2月27日、ルイ・ヴィトンは自宅で息を引き取り、ジョルジェ・ヴィトンが会社の全権を握ることとなった。

1854年 世界初のトラベル・らゲージ専門店をパリに創業。
1885年 国外第1号店をロンドンにオープン。
1888年 模倣品の防止の為から、ダミエのデザインを考案する。

クリスチャン・ディオール

クリスチャン・ディオールはフランスのファッションブランドである。

1905年 - クリスチャン・ディオール、フランスのノルマンディー地方グランビルで実業家の家庭に生まれる。
外交官を志して政治学院に学ぶが、在学中に当時台頭していたシュールレアリスムに魅せられ、友人と共に画廊を開設。以後ダリやコクトーなど多くの芸術家と親交を深めるが、1930年代の恐慌に見舞われ失職する。
1938年 - ロゲール・ピゲに見込まれてモード業界に入る。
1946年 - リュシアン・ルロンのメゾンで働く彼の才能に目を止めた木綿王マルセル・ブサックの援助で独立。「クリスチャン・ディオール・オートクチュール・メゾン」を設立する。パリ・モンテーニュ通り30番地に店を構える。
1947年 - 「S/Sコレクション」でパリにデビュー。「花冠ライン」(ペチコートで膨らませた曲線を強調したゆったりなだらかな肩に細く絞ったウエスト、くるぶしまであるロングスカートというスタイル)を発表する。
1948年 - 香水部門の会社「パルファン・クリスチャン・ディオール」を設立。アメリカでライセンス生産を開始。同年「ジグザグ・ライン」を発表。
1950年 - 「パーティカル・ライン」発表。
1951年 - 「オーバル・ライン」発表。
1952年 - 「シニュアス・ライン」発表。
1953年 - 「チューリップ・ライン」発表。
1954年 - 「Hライン」発表。
1955年 - 「Aライン」発表。
1956年 - 「アロー・ライン」発表。
1957年 - イタリアの湯治場「モンテカティーニ」にて、心臓麻痺で急逝する。52歳没。

エルメス

エルメス社の母体になったのは、ティエリ・エルメス(1801年〜1878年)が1837年に開いた馬具工房である。ナポレオン3世やロシア皇帝などを顧客として発展した。 ティエリの孫にあたる3代目のエミール・モーリス・エルメス(1871年〜1951年)は事業の多角化に着手した。1890年代には、馬具製作の技術を基にエルメス最初のバッグサック・オータクロア(sac haut-a`-croire)を製作。1927年に時計を発表。さらに服飾品・装飾品・香水などの分野にも手を広げ、それらの製品のデザイン、製造、販売をすべて手がける会社になった。 特に馬蹄柄のスカーフとケリーバッグで人気を獲得していった。ケリーバッグは1935年に発売されていたが、当初は「サック・ア・クロア」(sac-a`-croire)と呼ばれていた。後に女優のグレース・ケリーが愛用、特にカロリーヌ皇女を懐妊し、写真を撮影された時とっさにお腹を隠したのがこのバッグであったことから有名となり、1955年に正式に改名された。「サック・ア・クロア」=ケリーバッグは本来、サドルバッグ(鞍に付けるバッグ)を婦人用に改良した物である。 ケリーと同様の人気を誇るバーキンの名も、当時のエルメス社社長であったジャン・ルイ・デュマ・エルメスが飛行機の中でたまたまイギリス出身の女性歌手ジェーン・バーキンと隣合わせになり、彼女がボロボロの籐のカゴに何でも詰め込んでいるのを見て、整理せずに何でも入れられるバッグを作らせて欲しいと申し出たエピソードに由来する(なおバーキンの原型はオータクロアであるが、いまやオータクロアをはるかにしのぐ人気である)。 エルメスのバッグ(ケリーバッグ:バーキン)

このように、エルメスのバッグには発注者ないし最初の所有者の名が付いたモデルが多く存在する。比較的時代が新しいものでは、スーパーモデルのエル・マクファーソンが発注したエル(巾着型で、底の部分に化粧品を入れるための外から開閉可能な引きだしが付いている)、日本人男性が発注した大型旅行鞄マレット・タナカがある。 日本では女性の支持率が高いが、バッグなどでは男性からの支持も高く人気も絶大であり特にフールトゥやエールラインは価格も手ごろな為に定番バッグとして活躍している。 またエルメス社が初めて作った社史は 漫画形式で、日本の漫画家竹宮恵子(中央公論社 (1997/04) )に依頼して制作した。 2004年、マルタン・マルジェラの後継として、ジャン=ポール・ゴルチエがデザイナーに就任。2004年パリ・コレクションではエルメスの伝統である馬具・皮革製品を意識し、伝統に配慮しつつ、オレンジ・黒を中心とした鋭角的でかつブランドの風格を意識したデザインを発表した。

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